スペシィフィック カイロプラクティックの歴史
1895年9月18日アメリカアイオワ州ダベンポートにおいて、D.D.パーマーが自らの仮説を立証するため彼の執事であったハービー・リラード氏の背骨を調整しました。すると17年前から失われていた聴力が再び戻るという奇跡が起こったのです。これがカイロプラクティックの始まりです。
そして同時期、D.D.パーマーの患者でもあった牧師のサムエル・ウィード氏によって、ギリシャ語で「手によってなされた」という意味である「Chiro=手」・「Practic=なされた」CHIROPRACTICと命名されました。
その後、カイロプラクティックはD.D.パーマーの息子B.J.パーマーによって、さらに大きな発展をみます。
それまでD.D.パーマーは、背中や腰など背骨全体が治療の対象になっていました。しかしB.J.パーマーは「全ての椎骨を動かすことが、果たして本当に必要且つ有効なのか?」「なぜ椎骨がズレを起こし神経圧迫を起こすのか?」などの多くの疑問をもち、『最小の刺激で最大の効果』『全ての病気に対する特別な根本的対応法』を目標に30年にも及ぶ研究の末、1930年 H.I.O学説(様々な病気は上部頚椎のズレによって引き起こされる)を打ち立てました。これが現在のスペシィフィック
カイロプラクティックの根幹となっているのです。
B.J.パーマーによって生み出されたスペシィフィック カイロプラクティックは、その高度な技術や実践していく上での様々な難しさから、限られた小数のカイロプラクターにしか継承されていないのが現状です。
しかし、真の自然療法としての理論やその絶大な効果から、多くの方々によって支持さて続けています。 |